「やっぱり眩しいね。カーテン閉めてもいいかい?」

 イーヴが答えるよりも先に、月の光は遮断される。雪が舞っているのに、今夜は月が見えている──月明かりに舞い散る雪の美しさは神々しさすら感じるほどだったが、その絶景を彼は知らない。
 詳しくは聞いていないけれど、彼の目は光に非常に弱いのだという。
 閉められたカーテンに目をやり、口を開いた。
「綺麗でしたよ、外。これを見ることができないのは……勿体ないですね」
「そうかい?」
 視線を戻すと、目の前の感情の読めない目に見下ろされていた。

「無理なものは無理だしなぁ。全く興味が無いというわけでもないけど……その気になれば絵とかでも見れるでしょ? そりゃあ本物とは違ってしまうんだろうけどさ、それを言い出したらきりがないじゃない」
 どうしようもないことを悩んでも仕方がない、といった具合に淡々と語るセリオンの肩から長い髪が滑り落ちる。滑り落ちた雪色の髪は、シーツに散らばっていたイーヴの髪と見分けがつかない。どちらのものかわからない髪に触れながら、薄い笑みを浮かべるセリオンが目を細めた。
「イーヴが言うから綺麗なんだろうけどさ、でも同じくらい綺麗なものって他にもあるでしょ? ところでこれ、本当にどっちの髪? 引っ張ったらわかるかなぁ」
「長さがあるので少し引っ張ったくらいじゃ、わかりませんよ」
「ねぇ、窓少し開けていいかい? 他に開けてる人もいないだろうし、君もほとんど声出さないから大丈夫でしょ」
 やはり返事を待たずに開けられた窓から吹き込んだ夜風が、カーテンとセリオンの髪を揺らす。
 風と共に舞い込んできた雪の結晶と儚げに靡く透き通る白い髪、優しげに見えるが底の知れない碧い瞳──それは、外の光景に負けず劣らず幻想的だった。

 しかし、目に見えている幻想的な光景は全て危険でもある。
 吹き込んできた風は突き刺すように冷たく、こうしている間にも容赦なく部屋の温度を下げ続ける。お互いに平然としているのは種族がこの寒さに適応しているためであり、この状態で朝を迎えれば普通は命を落とすだろう。

 そして、この男も──

「あ、そういえばプレゼントがあるんだった」
「……プレゼント?」
 脈絡もなく突然言い出したセリオンに怪訝そうに尋ねるが、彼は返事をしないまま腕を伸ばして何やらごそごそと探っている。
 何を渡されるのかと疑いの眼差しを向けていたイーヴの目の前に掲げられたのは、意外にも一輪の赤い薔薇だった。
「…………どうしたんですか、突然」
「バレンタインだよ、知ってるでしょ?」
「知ってますけど……貴方が興味を持っているとは思わなかったので、まさか買ったんですか?」
「違うよ」
「でしょうね……どうしたんです?」
「この部屋に飾ってあったんだよ、気付かなかった? って、言いたいところだけど……ここに来る前の仕事で拾ったんだ。何でこんなものを持ってたんだろうって言ったら、アミエーラがバレンタインだからじゃないかって言うからさ、思い出したんだよ」
 予想外の返答に思わず顔を覆う。
 何か言おうとして口を開きかけるが、覆い被さってきたセリオンに押し倒された拍子に言いたかったはずの言葉は押し戻された。
 顔を埋めたセリオンは低く笑いながら耳元で呟く。
「真っ白な雪に真っ赤な薔薇は映えるね……すごく綺麗だったよ」
「……赤かったのは薔薇だけなんですか?」
「心配しなくても、この薔薇は「無事」だったやつだよ? まぁ、どのみち同じ色だからわからないんだけどさ」
 ゆるりと身体を起こしたセリオンが薄く微笑む。
「あぁ、やっぱり。絶対に綺麗だと思った……僕はこっちのほうが好きだなぁ」
 目線だけ横に向けてみれば、散らばった雪色の、どちらのものかわからない髪の上に真っ赤な薔薇が放られていた。

 脳裏に──雪の中で息絶えた顔も知らない哀れな被害者が、一面を真紅に染めた血と薔薇が過ぎる。
 果たして散った薔薇は本当に恋人に捧げられるものだったのか──左手で透き通る白い髪を撫でながら、右手で薔薇を拾って目の前に掲げてみる。

 パキパキと小気味良い音を立てながら、薔薇は凍り付いていった。
 やがて赤い花弁が粉々に砕け散る。薔薇を凍らせたのは果たしてどちらの冷気だったのか。

 どちらにせよ、最後に砕いたのは──



たいささん宅のセリオンさんお借りしました!
バレンタイン近くにお借りしたので……ハピバレ!!

タイトルのお題お借りしました

Discolo

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