灯りを絞ると再びベッドに沈み込んだその娼婦の、紅がすっかり落ちてしまった唇が名前を呼ぶ。
「寒くないですか?」
「……私は別に」
人が聞けば「怖い」だの「愛想がない」だのと非難されそうな声色にも彼女は慣れたのか、娼婦は特に気にする様子もなく「そうですか」とシーツを引き寄せる。
「……寒いのなら暖炉を使っても構わないが」
「あ、そこまでじゃないんですけど……セヴランさんだと結構寒いかなって思ったので。外、雪降ってるんですよ」
女がどこか嬉しそうにカーテンの端を捲り上げると、窓の木枠に薄らと積もっている雪が目に入った。
明け方の冷え込みを想像して憂鬱になる。クリスマスが近いこともあって街は色付き、世間はこの雪を歓迎していることだろう。この時間は既に消灯されているが小一時間ほど前まではこの窓からも派手なイルミネーションが見えていた。
人にはそれぞれ事情があるだろうが、この女が娼婦をしている理由が未だにわからない。
シンティラというこの娼婦、とにかく隙だらけで警戒心が足りない。足りていないわけではないのかもしれないが、結果的には同じことだ。
今日も妙な男に絡まれていた。似た女だと思えば本人だったため話しかけてみれば、昔の客の一人だという男にしつこく言い寄られていたという。しかもどうやら妄想癖のある男で、以前より付きまとわれていたようだ。
──偶然通りかかったから良かったものを、どう処理するつもりだったのだろうか
近くに同僚の娼婦もいなければ他の仲間も見あたらず、しかも場所は治安があまり良いと言えない裏通り、そのまま別れるとまた同じ事を繰り返しそうだったので、連れ出してきたのだが……
「でも、行きたかったお店に行けて良かったです。まさか、道を尋ねた人の案内が間違っていたとは思わなくって……」
「…………」
──それはわざと間違った道を教え、あの裏通りに誘い出すよう仕向けたのでは?
思わず口に出しそうになった言葉を飲み込む。
偶然声をかけてきたのはストーカーだったが、あの場で物陰に隠れていた男達がただの労働者だとは思えない。
「あまり一人で出歩かないほうが良いぞ」
「…………リベリオンさんにもよく言われます」
護身用に何か持たせてやればいいのにとも思ったが、人には向き不向きがある。女に持たせる護身用のナイフや小型の拳銃もあるが、この女がそれらをうまく扱えるようには見えない。
顔を見て、セヴランが大体何を考えているのかの察しがついたらしい彼女は華奢な肩を落とす。
「もっとしっかりしないとって思ってるんですけど、セヴランさんにも何だかいつも助けてもらってて……」
とはいえ、彼女に落ち度は無い。
そういった女を食い物にする男に問題がある。頭までシーツを被ったシンティラの大きなため息を聞こえてきた。
「高級娼婦と時間を気にせず密会できると思えばむしろ運が良い」
「でもお食事代くらい出させてくれても……」
「……女に支払わせるように見えるのか?」
「私がお礼に食事に誘ったんですから……」
「だから、その代わりに抱いた」
ふふ、とシーツの中でシンティラが笑う。
やがて顔を出した彼女は「何が面白かったのか」と言いたげなセヴランの視線に気付いて「あ、すみません」と大きな目を細めた。
「その、セヴランさん、初めてお会いした頃に比べると……いっぱいお話ししてくれるようになったなって」
「…………」
そういうシンティラも口数が増えたとは思うが、確かに自分でも意外なほど饒舌になっていると思う。
恐らくセヴランが無口だからと話しかけるのを諦めた連中と違い、会話の無い空間が苦手なのか彼女がめげずに話しかけてきたからだろう。
「でも、前からそういうことをしてるときは、いつもよりお話ししてくれてましたよね」
「……まぁ、元々喋らせるのは好きだったからな」
「本当ですよ……、もう」
嘘を吐いた。
他の女相手でも男相手でも、後戯は好きではない。煩わしいくらいだ。
必要性を感じず、娼婦を相手に選ぶのも割り切った関係を了承しているからこそだ。
だから基本的に男のほうが楽なのだ。頭が女より単純な生き物故に、行為が終わればさっさと解放してくれる。
シンティラとはよほど身体の相性が良いのだろうか、というかそもそも彼女のような女はどちらかというと苦手であり(好みでいえば彼女の同僚のほうが自分の好みには近い)あまり関わってこなかった人種だったはずだ。
大人しめの顔に似合わぬ身体や夜の顔というギャップには多少驚かされたが、それにしても何故店でもこの女ばかり指名しているのだろうか。
釈然としない思いはずっと抱えており、すっきりしないまま今夜も終わりそうだった。
既に深夜をまわっているが彼女も眠気はまだ感じないらしい。
セヴランが飲んでいたワインを興味深そうに眺めている。あまり酒に強そうには見えないし、客に強い酒を飲まされて泥酔しかけているのを見たことがある気がする。
ワインを多少飲んだくらいでは酔わないだろうが──
ワインが半分残ったグラスに手を伸ばすと一気に口に含む。 安物のワインだ。寝酒にもならない、グラスを手にしたままセヴランを見上げていたシンティラの頬に左手を添えて唇を重ねる。
唇の端から零れたワインが細い首筋を伝い、実に煽情的に映った。
──あぁ、悪くない
シーツにくるまっていた身体を引き寄せると暗がりに白い肌が浮かび上がる。
今日、食事に入った店でも店員の男や他の客が露骨に身体を凝視していたわけだが──果たしてその視線に気付いていたのかいないのか。
娼婦をしているわけなのだから、そういった下心に疎いわけではないはずだ。
もしかしたら確信犯かもしれない。だとしたら相当強かな女だということになるが、こうして肌を合わせていてもそういった顔は見えてこない。
意外と読めない女だ。
しなだれかかる柔らかな身体を掻き抱くと「足りなかったですか?」と艶やかな声が耳元で囁く。
「足りないのはお互い様だと思うが」
「今夜は、もう終わっちゃうのかなって、思ってました」
潤んだ大きな目がこちらを見上げる。腕を伸ばしてベッドサイドの灯りを消すためにスイッチを探る。遠慮がちに伸ばされた華奢な指先が触れると、カチリと音がして部屋の中が闇に包まれた。
たいささん宅のシンティラさんお借りしました!
クリスマス近くにお借りしたので……メリクリ!!